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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1915号 判決

原告

光洋機械工業株式会社

右代表者代表取締役

藤城享

右訴訟代理人弁護士

松井孝之

高橋信久

右補佐人

赤地茂

被告

山九株式会社

右代表者代表取締役

中村公一

被告

大海運輸株式会社

右代表者代表取締役

重田芳博

右被告両名訴訟代理人弁護士

水野武夫

籠池信宏

被告

トレーディア株式会社

右代表者代表取締役

松本圭次

右訴訟代理人弁護士

赤木文生

道上明

伊藤信二

被告山九株式会社補助参加人

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

尾田恭朗

右訴訟代理人弁護士

矢島正孝

清水英雄

主文

一  被告山九株式会社及び被告トレーディア株式会社は、各自、原告に対し、金九一九万七七〇三円及び平成九年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告山九株式会社は、原告に対し、平成八年八月一四日から平成九年八月一五日までの間の金九一九万七七〇三円に対する年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用及び参加費用は次のとおりの負担とする。

1  被告大海運輸株式会社に生じた訴訟費用は原告の負担とする。

2  参加費用は補助参加人の負担とする。

3  原告と被告山九株式会社及び被告トレーディア株式会社との間に生じた訴訟費用はこれを四分し、その三を同被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は主文一、二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告らは、各自、原告に対し、一二〇九万六〇五〇円及びこれに対する平成八年八月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、韓国に向けて輸出を予定して神戸港(新港)の港湾施設(上屋)に保管されていた原告所有の貨物が、高潮の被害に遭って損傷したという事故につき、原告において、被告山九株式会社(以下「被告山九」という。)及び被告大海運輸株式会社(以下「被告大海運輸」という。)には不法行為責任があるとし、被告トレーディア株式会社(以下「被告トレーディア」という。)には債務不履行責任があるとして、被告らに対し、右事故によって原告に生じた損害の賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、事故の日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、研削盤などの工作機械の製造販売を業とする株式会社である。

被告山九は、港湾運送事業、海運業などを営む株式会社であり、一般港湾運送事業及び港湾荷役(にやく)事業の免許を有しており、海上運送人東進商船(ドン・ジン・シッピング)が保有する船舶の神戸港における荷役業務を行っている。

被告大海運輸は、港湾荷役作業を営む株式会社である。

被告トレーディアは、港湾運送業、通関業などを営む株式会社である。

2  原告は、平成八年八月(以下、平成八年の日時は年号を省略する。)、原告が製造した次の①ないし③の研削盤(以下、①及び②をあわせて「本件①②貨物」、③を「本件③貨物」、①ないし③をあわせて「本件貨物」という。)を神戸港から韓国へ船舶により輸出することにし、被告トレーディアに対し、輸出及び船積み業務を依頼し、被告トレーディアはこれを請け負った(本件貨物に関する被告トレーディアは、本件貨物の取扱いに関する元請業者であり、このような立場の者が「海貨業者」と呼ばれる。)。

① 信誠電子向け貨物 四ケース

二D―三〇〇C―N 横型平面研削盤一台

KVD―三〇〇C 縦型平面研削盤一台

② 三星電気向け貨物 二ケース

KC―二〇〇CNC センタレス研削盤一台

③ 京城精密向け貨物 二ケース

四五一五Cセンタレス研削盤一台

3  本件①②貨物は、当初の予定では、海上運送人南星海運(ナム・スン・シッピング)の船舶に船積み予定の貨物として、八月八日、原告からニッケル・エンド・ライオンズ株式会社(以下「ニッケル社」という。)に引き渡され、ポートアイランドのL12上屋(うわや)で保管されていたが、その後、船積みする船舶が海上運送人東進商船の船舶に変更されたため、八月一四日、ニッケル社により神戸新港第三突堤Lバース岸壁(以下「本件岸壁」という。)に運搬され、その場で、被告山九に引き渡された。

本件③貨物は、東進商船の船舶に船積み予定の貨物として、八月八日、被告山九に引き渡され、以後、本件岸壁横のL上屋で保管されていた。

L上屋は、神戸市が管理する港湾施設であり、被告山九は、神戸市の許可を得て、船積み予定の貨物の保管場所としてL上屋を使用していた。

4  平成八年台風第一二号(以下「本件台風」という。)は、八月一二日午後三時過ぎに中心気圧九六〇ヘクトパスカル、風速二五メートル/秒以上の暴風域の半径が一九〇キロメートル、中心付近の最大風速三五メートル/秒の「大型で強い」勢力で沖縄本島中部を通過し、速度を上げながら向きを北北西から北北東に変え、八月一四日午前一〇時過ぎに熊本市付近に上陸した。右上陸時における本件台風の勢力は、沖縄本島中部通過時と同様の「大型で強い」ものであり、「大型で強い」勢力を維持して九州北部を横断し、八月一四日午後三時過ぎには山口県東部に再上陸し、その後、中国地方を北東方向に通過し、八月一四日午後九時に鳥取市付近の日本海に進み、佐渡島を通過し、八月一五日午前九時ころ、新潟県北部に再上陸した(乙第八号証)。

5  本件台風の接近に伴い、神戸港においては、八月一三日午後六時には、第一次避難勧告が出され、八月一四日正午には、神戸港に停泊していた全船舶に対し、避難勧告が発令された。

また、八月一四日午後〇時三〇分には、兵庫県南部全域において、暴風波浪警報及び高潮注意報が発令され、午後六時三五分には暴風波浪高潮警報が発令された。

なお、平成八年の潮夕表によれば、八月一四日は新月の大潮であり、その日の満潮時(気象条件を度外視した計算上の満潮時)は午後七時二三分であった。

6  被告山九及び被告大海運輪は、八月一四日、本件岸壁において、東進商船の船舶(DANGJIN・PUSAN、以下「本件船舶」という。)に貨物の船積み作業を行っていたが、午後三時ころ、海上保安庁の巡視船から船積み作業の中止勧告が出されたため作業を中止し、その後夕刻までに、本件①②貨物を含む船積み未了貨物をL上屋に仮置きした。

7  本件③貨物は、八月一五日に東進商船の船舶(DANGJIN・APOLLO)に船積み予定の貨物として八月八日以降L上屋に保管されていたから、結局、八月一四日夜には、本件①②貨物及び本件③貨物が共にL上屋に置かれている状態となったところ、本件貨物は、特に高潮による影響を回避するための嵩上げ措置などはとられないで、L上屋の床面に置かれていた。

8  神戸検潮所(本件岸壁に近い神戸市中央区波止場町地先メリケンパーク内)八月一四日夜から八月一五日未明にかけての神戸港の潮位は次のとおりであった。なお、八月一四日の午前の最高潮位は午前六時四五分であり、その際の潮位は二四九センチメートル(神戸検潮所における潮位観測の基準面KDL上の値、以下も同じ。)であった。

八月一四日午後 六時〇〇分 二六四センチメートル

午後 七時〇〇分 二八六センチメートル

午後 八時〇〇分 三〇〇センチメートル

午後 九時〇〇分 三一七センチメートル

午後 九時二五分 三二〇センチメートル(午後の最高潮位)

午後一〇時〇〇分 三一五センチメートル

午後一一時〇〇分 二七七センチメートル

八月一五日午前 〇時〇〇分 二二五センチメートル

午前 一時〇〇分 一九六センチメートル

午前 一時三五分 一九三センチメートル(午前の最低潮位)

午前 二時〇〇分 一九四センチメートル

午前 三時〇〇分 一九六センチメートル

午前 四時〇〇分 二〇四センチメートル

9  八月一四日夜、本件台風の影響で神戸港に発生した高潮によってL上屋が浸水し、本件貨物が海水に浸って損傷するという事故(以下「本件事故」という。)が生じた。

10  港湾における貨物の船積み(港湾運送)は、岸壁の船積地点まで貨物を運ぶ作業(沿岸荷役―港湾運送事業法二条一項四号)と船積地点から船舶まで貨物を荷積みする作業(船内荷役―港湾運送事業法二条一項二号)という一連の作業によって遂行されるのであるが、わが国の港湾運送事業法においては、沿岸荷役と船内荷役のそれぞれについて、格別に運送事業の免許が付与されることになっており、両方の免許を保有する一つの港湾運送人が港湾運送を一括して行うこともあるが、沿岸荷役と船内荷役とが別々の業者によって分業されることも多い。

11  ところで、港湾運送人への貨物の受渡しには、一般に、TRS方式(戸前受け制度)と呼ばれる方法とゴーダウン方式と呼ばれる方法とがある。

TRS方式は、海貨業者が、船積日以前に、岸壁近くの港湾運送人管理の倉庫(TRS上屋)まで貨物を搬入し、TRS上屋において港湾運送人に貨物を受け渡す方式であり、港湾運送人に支払われる対価は荷役料金と上屋保管料金の合計額となる。この方式の場合には、船積当日、TRS上屋から貨物を搬出し船積地点まで運搬する「沿岸荷役」が行われ、その後に「船内荷役」が行われる。

ゴーダウン方式は、海貨業者が、船積みの当日、岸壁まで貨物を搬入し、岸壁において港湾運送人に貨物を受け渡す方式である。この方式による場合にも、岸壁まで運搬された貨物を降ろして船積地点まで運搬する「沿岸荷役」が行われ、その後に「船内荷役」が行われることに変わりはない(移動距離がわずかであっても「沿岸荷役」が省略されるわけではない。)。

三  争点

1  本件事故に関する被告山九及び被告大海運輸の過失の有無(本件事故が不可抗力によるものかどうか)

2  被告トレーディアの債務不履行責任の有無

3  本件事故によって原告に生じた損害の数額

四  争点1に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) L上屋は、平成七年一月一七日の兵庫県南部地震の影響で上屋の床面が陥没し、その後多少の補修はされたが、中央部の床面が岸壁よりも一メートル程度も沈んだ構造になっており、しかも、その外壁及び防潮扉も破損していたため、高潮によって一旦海水が岸壁を超えてしまうと海水の流入を阻止できず、かつ、一旦流入した海水が長時間溜まるという状態であり、波浪や高潮に対しては、岸壁に野積みする以上に保管に適さない場所であった。

そして、被告山九及び被告大海運輸は、本件事故当時、恒常的にL上屋を使用していたのであるから、L上屋が高潮に対して全く無防備であることを熟知していたものである。

(二) 気象庁は、本件事故前日の八月一三日午後二時五〇分には神戸港周辺の海域について「波浪注意報」を発しており、かつ、同日午後六時には神戸港復旧工事航行安全情報センターによる「警戒体制勧告」が出されたのであり、このことに前提事実4及び5のとおりの台風の接近状況及び気象情報を総合すれば、被告山九は、八月一三日午後六時には、台風接近に備えた厳重な警戒体制をとるべきであった。

さらに、八月一四日午前六時には「避難勧告発令決議」も発令されたのであった。この時点においては、被告山九は、神戸港が暴風雨域に入るだけでなく、早晩、神戸港内の船舶に対する「避難勧告」が発令されること、本件岸壁が高潮被害を受けることが十分想定される状況下にあったということができるのである。

(三) 本件①②貨物について

被告山九及び被告大海運輸は、右のような気象的に非常に不安定かつ危険な状況下で敢えて本件①②貨物を船積みするのであれば、港湾運送専門業者として、船積作業中に本件台風の影響で作業中止を余儀なくされることを予測し、そうなった場合に適切な対応がとれるような準備をすべきであった。その適切な対応とは、右のようなL上屋に仮置きすることではなく、本件①②貨物をニッケル社に戻す手筈を整えておくか、あるいは、防災面で十分な安全性が確保できる保管方法を整えておくことである。

ところが、被告山九及び被告大海運輸は、右のような適切な対応がとれる準備を全くしないまま八月一四日の船積作業を開始し、その中止が余儀なくされるや、漫然と、高潮に対して全く無防備なL上屋に本件①②貨物を運び入れた過失によって本件①②貨物を海水に浸してしまった。

仮に、本件①②貨物をL上屋に仮置きすることがやむを得ない措置であったとすれば、次の(四)で本件③貨物について述べるとおりの嵩上げを行ったうえで本件①②貨物を仮置きすべきであったのに、漫然と、本件①②貨物をL上屋の床面に仮置きした過失によって本件①②貨物を海水に浸してしまったというべきである。

(四) 本件③貨物について

被告山九は、遅くとも八月一四日午前六時(避難勧告発令決議時)には、少なくとも本件③貨物のような高価な精密機械であって浸水被害を受けやすい保管物については、トラックを手配して高潮被害を受けにくい倉庫等に移動させるか、荷主へ緊急連絡をして移動を促すか、そうでない場合には、嵩上げ(パレット等で作った仮りの台座や空きコンテナの上に本件③貨物を乗せる)を行い、浸水に備えた安全な積み付けを行うべきであったが、そのような措置を何ら講じることなく漫然とL上屋に本件③貨物を保管し続けた過失によって本件③貨物を海水に浸してしまった。

2  被告山九及び被告大海運輸の主張(被告トレーディアも援用する主張)

(一) 異常な高潮の予見が不可能なことについて

(1) 本件台風がもたらした高潮は、最高潮位ODL三二三センチメートルという異常なものであり、神戸港における既往の高潮と比較しても、第二室戸台風(同三四五センチメートル)、六四二〇号台風(同三四〇センチメートル)に次いで観測史上第三位の最高潮位を示すほどのものであり(乙第二号証)、この高潮により、港湾施設のみならず、神戸市内の住家の床上浸水、床下浸水及び道路冠水などの浸水被害が広域に生じたものであって、L上屋の浸水被害も、異常気象によって広域に生じた災害のひとつであり、海事鑑定業者(港湾運送事業法四条による免許を受けた業者)によって「天災」によるものと判断されている。

(2) 高潮は、気圧、風速、風向、港の水深などの諸要因が関連して発生するもので、そもそも、その発生規模・発生時刻を的確に予想することは困難なのであるが、ごく短時間に急激な潮位の上昇をもたらす台風による高潮の場合には、台風の進路や到達時刻を的確に予測すること自体が気象技術上も困難とされていることから、その発生規模・発生時刻を予想することは専門的にも極めて困難なところである。

(3) 本件台風の場合にも、高潮の最大潮位偏差を生ずる時点は、台風の最接近時と同一ではなく、これよりも遅れて最大潮位偏差が生じており、神戸海洋気象台においても、本件台風による高潮の予測を誤り、本件台風による高潮が最高潮位を示した八月一四日午後九時二五分よりも前の午後八時五五分に「高潮警報」を解除し、「高潮注意報」に切り替えている位なのである(乙第四号証)。

(4) 高潮の発生規模・発生時刻の予測がこのように極めて困難である以上、被告山九及び被告大海運輸において、八月一四日の朝や正午の時点で本件事故を招来するような異常な高潮の発生を予見することなど不可能であった。

(二) 本件貨物の仮置き・保管に不適切な点がなかったことについて

本件①②貨物は、本件事故前日の八月一三日午後四時二二分にニッケル社から荷役依頼があり(乙第二一号証)、八月一四日午前中、本件岸壁において、ゴーダウン方式によって船積みするものとしてニッケル社から被告山九に引き渡された(ニッケル社がTRS方式により港湾運送を請け負っていたのかどうか、本件①②貨物が南星海運の船舶に船積み予定であったのかどうかは被告山九には分からない。)。したがって、被告山九は、本来は、L上屋において本件①②貨物を保管する責任など負っていたわけではなかった。

本件①②貨物は、被告大海運輸(被告山九の下請業者)が沿岸荷役を済ませ、被告山九が船内荷役を行う予定で本件岸壁に置かれていた。ところが、被告山九は、海上保安庁の巡視船から船積作業の中止勧告が出されたため、八月一四日午後三時に船内荷役を中止し、本件岸壁に放置することもできなかったので、被告大海運輸に依頼して、同日午後五時ころまでに本件①②貨物をL上屋に仮置きした(その結果、八月一四日夜には、八月八日からL上屋で保管されていた本件③貨物と合わせて、本件貨物の全部がL上屋が保管される状態となった。)。

このような事情で船内荷役ができなくなった本件①②貨物を一時仮置きする(いわば緊急に避難させる)場所としては、本件岸壁に近いL上屋以外に適切な場所はないのであり、被告山九には、これを他の遠方の倉庫まで運搬する(例えば、ニッケル社のL12上屋に送り返す)義務などないのである。

本件貨物のような相当大きな容量と重量を持つ機械を上屋に保管する場合には、パレットで嵩上げ保管するというのは通常の保管方法ではなく、床に直積みして保管するのが通常であり、本件貨物が床に置かれていたのは、何ら不適切な保管状態ではない。

(三) 結果の回避可能性がなかったことについて

本件台風の高潮により、神戸新港地区のほぼ総ての上屋・倉庫に高潮被害が及んでいることに照らせば(平成一〇年九月九日付け神戸市港湾整備局長の調査嘱託回答書)、本件事故を回避しようとすれば、神戸新港地区以外の倉庫に本件貨物を移し替えなければならないところ、L上屋は面積二一六五平方メートルを有する広大な施設であり、八月一四日にL上屋に保管されていた貨物の総重量は一〇〇〇トン余りにものぼっていたのであって(乙第一五号証)、これらL上屋の貨物の全部を他所へ移動するとすれば、非常に多数の大型トラックを急遽調達する必要があることになるが、予約なしにそのような輸送手段を確保することは不可能である。

したがって、被告山九が本件事故当時L上屋を貨物保管場所として使用していたこと自体は何ら違法なことではなかった以上、本件貨物を含め、八月一四日夜にL上屋に保管されていた貨物について、本件台風による高潮被害を回避することは不可能であった。

五  争点2に関する当事者の主張

1  原告の主張

原告は、長年にわたり、被告トレーディアとの間で取引を継続していたのであり、常に、通関手続のみならず港湾運送を含めた一切の手続を依頼しており、被告トレーディアからは、それら依頼業務全部についての代金の請求を受けていたのである。

被告トレーディアから請求される代金は、立米単価四二〇〇円(全取引の約九〇パーセント)、二八〇〇円(全取引の約五パーセント)、一三〇〇円(全取引の約五パーセントーコンテナ貨物のみ)に別れており、本件貨物は立米単価四二〇〇円であった。

原告は、本件貨物を含めたこれまでの取引において、TRS方式によるかどうかという点について事前に何ら知らされていたわけではないから、TRS方式が採用されたとしても、被告トレーディア以外の業者と原告との間で港湾運送業務に関する請負契約が成立することはありえない。

また、原告は、TRS方式が採用された場合に代金減額を受けたこともないから、被告トレーディアは、自己の都合によりTRS方式を採用するかどうかを判断していたのであって、そうだとすれば、TRS方式を採用したことによって、港湾運送に関する請負人の立場を免れると解することはできない。

右のとおりであって、被告トレーディアは、本件貨物の港湾運送の元請人として被告山九を下請人として使用していたのであるから、商法五七七条の規定から明らかなとおり、被告山九の過失によって生じた本件事故につき、債務不履行責任を負う。

2  被告トレーディアの主張

(一) 原告から海上運送契約締結の委任を受けた荷送人は、本件①貨物については東精商事株式会社、本件②貨物については三星ジャパン株式会社、本件③貨物についてはベスト・インターナショナル・コーポレーションであり(以下、それを荷送人を「本件荷送人」という。)、本件荷送人は、被告トレーディアに対し、本件貨物の輸出に関し、東進商船、南星海運、天敬ラインのいずれかが運航する船舶で海上輸送を行うことを指示したので、被告トレーディアは、右三つの海上運送人の配船予定を調査し、本件①②貨物を南星海運の船舶へ船積みすることにし、本件③貨物を東進商船の船舶へ船積みすることにした。

ところで、東進商船及び南星海運は、いずれも、代理店を兼ねる特定の港湾運送人を指定して神戸港における港湾運送を専属的に委託しており、東進商船の委託業者が被告山九であり、南星海運の委託業者がニッケル社であった。

(二) 被告トレーディアは、TRS方式によって船積みする(港湾運送人に本件貨物を上屋に保管させる)方が、船積当日まで原告又は荷送人の負担で本件貨物を倉庫に保管しておくよりも、全体として料金が安くなるため、TRS方式によって船積みすることにし、東進商船及び南星海運が港湾運送を委託している業者、(被告山九及びニッケル社)のTRS上屋を確認し、原告に対し、このTRS上屋に本件貨物を搬入するよう通知した。

その結果、原告は、八月八日、大阪南運送株式会社に依頼して、ニッケル社のTRS上屋(L12上屋)まで本件①②貨物を搬送し、被告山九のTRS上屋(L上屋)まで本件③貨物を搬送し、本件貨物を港湾運送人(被告山九及びニッケル社)に引き渡したのである。

(三) 東進商船及び南星海運は、被告山九又はニッケル社との間の専属的契約により、神戸港でTRS上屋(L上屋及びL12上屋)を設置しているのであって、TRS上屋に本件貨物が搬入された場合には、被告トレーディアは本件貨物に対する支配権を全く失うのであるから、その後の本件貨物の管理責任は、もっぱら海上運送人である東進商船又は南星海運(又はその専属的港湾運送人である被告山九又はニッケル社)に移転すると解すべきである。

すなわち、TRS上屋への本件貨物の搬入は、海上運送人への引渡し、すなわち、船積みと同視できるのであって、被告トレーディアは、その搬入によって自らの責任で行うことのできる船積業務の全部を行ったと評価されるべきであるから、以後、原告から請け負った業務に関する債務不履行責任を負うことはありえず、本件事故について損害賠償責任を負うこともないのである。

六  争点3に関する当事者の主張

1  原告の主張

原告は、本件事故により、本件貨物の引き取り、開梱、修理及び再梱包を余儀なくされ、そのため、一二〇九万六〇五〇円の災害を被った。

2  被告ら

右事実は知らない。

第三  争点に対する判断

一  本件事故に至る経緯について

甲第二号証、第五号証、第九号証、第一一号証、第一三号証、第一六号証、第一七号証、第一八号証、乙第二ないし第九号証、第一三ないし第一六号証、第二五号証、第二六号証の一ないし三、第二七号証、第二八号証、第三一号証、第三二号証、丙第一ないし第一六号証、証人髙本達男、同板垣和憲、同細谷貞男及び永野實の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件貨物の当初の受渡し

原告から本件貨物の通関及び船積業務を請け負った被告トレーディアは、料金が割安なTRS方式での船積みを行うことにし、韓国への船便の日程を調べたうえ、本件①②貨物を南星海運の定期便で、本件③貨物を東進商船の定期便で海上運送することにしたが、TRS方式による場合、南星海運は神戸港においてはニッケル社の港湾運送によってL12上屋から、東進商船は神戸港においては被告山九の港湾運送によってL上屋から、専属的に船積みを行うことにしていたため、原告に対し、本件①②貨物をL12上屋に、本件③貨物をL上屋に搬入するよう指示した。

もっとも、右のTRS方式は、上屋の戸前で積み荷の受渡しが行われた後は、海上運送人の費用負担で港湾運送が行われる(海上運送の運賃に港湾運送の料金が含まれる)ものではなく、ニッケル社や被告山九は、海上運送人からではなく海貨業者である被告トレーディアに荷役料金の支払を請求することになっていた。

2  本件①②貨物の移動

(一) 海上運送人である南星海運と東進商船は、日本と韓国の間に多数の定期便の貨物船を航行させているが、貨物船の船倉を融通し合うことがあり、南星海運は、被告トレーディアから海上運送を依頼されていた本件①②貨物を、八月一四日出港予定の本件船舶(東進商船の船舶)によって海上運送することにし、東進商船は被告山九にその旨を指示した。

(二) 右の事情で、被告山九は、本件①②貨物の港湾運送(沿岸荷役及び船内荷役の双方)を引き受けることになり、八月一三日午前中、ニッケル社に対し、八月一四日に本件岸壁まで本件①②貨物を運送するよう指示し、ニッケル社は、八月一四日午前中、右船舶が横付けされている本件岸壁に本件①②貨物を運送した。

(三) ニッケル社が行ったL12上屋からL上屋までの右運送は、港湾運送ではなく(被告山九に港湾運送を依頼するためゴーダウン方式によって貨物を運び込むというものである。)、したがって、ニッケル社としては、港湾運送料金に含まれない右運送費の支払を被告トレーディアに求める根拠はないのであるが、そもそも、被告トレーディアは、南星海運から、東進商船が本件①②貨物を海上運送することになる事実を何ら知らされていない(右運送費を誰が負担することになるのかは証拠上不明である。)。

3  L上屋の性質

港湾法所定の施設には多数の種別があるが、そのうち、上屋とは、荷さばき施設の一種であり(港湾法二条五項六号)、保管施設である倉庫(港湾法二条五項八号)とは異なる施設とされ、倉庫業法所定の構造及び設備の規制を受けない施設である。

輸出の許可を受けた外国貨物は保税地域以外の場所には置くことができないところ、L上屋は、関税法三七条所定の「指定保税地域」の指定を受けている施設であるが、指定保税地域に貨物を置く期間は、その性質上短期間であることが要請されており、被告山九は、通常、一週間を目安として外国貨物をL上屋で預かっている。

4  L上屋の位置及び状況

(一) L上屋は、別紙1「新港地区平面図」の第三突堤に「L」と表示の位置に存在する。右平面図の第四突堤上の南北道路の海上部分は「神戸大橋」であり、神戸大橋を南に渡るとL12上屋が存在する人工島「ポートアイランド」であって、L上屋とL12上屋とは自動車で往来するのにそれ程時間はかからない位置関係にある。

(二) L上屋は、平成七年一月一七日の兵庫県南部地震により、内部床面が陥没してフォークリフトなどによる荷さばきができない状況となり、かつ、外壁が歪んで各所に隙間ができるという大きな損傷を受けた。L上屋を管理する神戸市は、右地震の後、約一か月かけてL上屋床面の応急的な補修を行い、荷さばきができる状態にはなった。しかし、L上屋は、床面が平面となるような補修は行われていなかったし、外壁の隙間を全部塞ぐという補修も行われなかった。

(三) L上屋は、本件事故当時、別紙2「説明図」のとおり、中央部が窪んで岸壁よりも低くなり、出入り口(西及び東)から中央部にかけてスロープが形成されているという状況にあり、したがって、外壁の隙間などから海水が流入し易く、かつ、流入した海水は上屋内に滞留するという構造になっていた。

(四) 神戸市は、右のような応急的補修をしたL上屋は、荷さばき施設としての使用に支障がないと判断し、被告山九に対してその使用を許可し、毎月その許可を更新していた。また、大蔵大臣は、右地震の後もL上屋を「指定保税地域」としていた。

(五) L上屋内には、本件事故当時、概ね一〇〇〇トン程度の荷物が置かれていた。

(六) L上屋の横の本件岸壁(第三突堤西側岸壁)は、神戸検潮所の潮位観測基準面から408.4センチメートルの高さがある。

5  気象情報の意味及び高潮発生の仕組み

(一) 潮の満ち引きは、月及び太陽の引力によって半日ごとに繰り返されるが、台風による高潮被害は、次の(1)ないし(4)の要因が重なって海水が岸壁を大きく乗り越えることによって発生する。

(1) 右引力による海面の上昇

(2) 低気圧による海面の盛り上がり

(3) 強風によって海水が沿岸方向に吹き寄せられることによる沿岸付近の海面の盛り上がり

(4) 波浪による海水の上昇及び移動

(二) 右(一)(1)の要因による海面の上昇が、いつどの地域でどの程度となるのかは非常に正確に予測がされているが、現在の気象技術によっても、台風がどの方向に、どの程度の速度で移動するのかを正確に予測することは困難であり、したがって、台風による潮位の上昇が、いつどの地域でどの程度となるのかという点を、正確に予測することは困難である。

(三) 神戸港は海側が南であるから、台風による風が南よりとなった場合に吹き寄せによって潮位が上がるところ、台風が兵庫県の日本海側を北東に通過する場合には、神戸港付近では、通過の前から南向きの風が吹くようになり、台風接近とともに、風力が強まり、かつ、風向が南向きから南西向きに変化することになる。したがって、神戸港の北側を台風が西から東に通過する場合に、低気圧及び吹き寄せによって潮位が上がりやすい条件が整うことになる。

(四) 高潮注意報は、潮位が、東京湾平均海面(TP)から一二〇センチメートルの高さ(KDL284.7センチメートル)まで達することが予想される場合に発せられるのであり、高潮警報は、潮位が、TPから一八〇センチメートルの高さ(KDL344.7センチメートル)まで達することが予想される場合に発せられるものである。

(五) 波浪注意報は、風浪・うねりによって災害が起こるおそれがあるときに発表するものとされ、具体的には有義波高が1.5メートル以上になると予想されるときに発表される。

また、波浪警報は、風浪・うねりによって重大な災害が起こるおそれがあるときに発表するものとされ、具体的には有義波高が三メートル以上になると予想されるときに発表される。

6  八月一三日の気象情報等

(一) 前記のとおり大型で強い本件台風は、八月一二日午後三時過ぎ、概ね北の方向に進んで沖縄本島を通過しており、八月一三日午前八時ころ被告山九が受領した神戸海洋気象台発表の気象情報(乙第二六号証の二)には、八月一三日午前三時の天気図及び翌八月一四日の満潮時の記載などがあったが、直ちに近畿地方での警戒を促す旨の記載などはなかった。

しかし、神戸港においては、八月一三日午後六時には、第一次避難勧告が出され、停泊中の全船舶について乗組員の待機が勧告され、神戸海洋気象台は、八月一三日午前一一時三五分、兵庫県南部全域に波浪注意報を発表した。

(二) 八月一三日正午ころ神戸港復旧工事航行安全情報センターから被告山九に配信された台風情報(乙第二七号証)によれば、本件台風の進路予想が北北東ないし北東となっており、本件台風の中心が、八月一四日午前九時には九州西側の海上に、八月一四日の日中から夜間にかけては、概ね、九州及び中国地方の日本海側又は日本海を北東方向に進むとの予測が天気図上記載されていた。

(三) 右台風情報からは、台風の進路の南側に当たる神戸港においては、一四日の日中から夜間にかけて南風ないし南西の強風が吹くことが当然に予測される状況下にあった。なお、実際の本件台風の進路(前提事実4)は概ね右台風情報と一致していたものである。

7  八月一四日の気象情報等

(一) 神戸港への台風の接近が予想される場合には、神戸港長の諮問機関である神戸港台風対策委員会が開かれ、避難勧告等の発動時期について協議が行われるところ、八月一四日には「避難勧告発令決議」がされた(ただし、被告山九等の関係者にその決議が伝達された事実を認めるに足りる適切な証拠はない。)。

(二) 八月一四日午前八時ころ被告山九が受領した神戸海洋気象台発表の気象情報(乙第二六号証の三、天気図は八月一四日午前三時)には、同日の天気予報として、南東後に南の強風が吹くことが、気象概況として、本件台風の影響で翌日午前中まで風が強いこと及び兵庫県南部には強風波浪注意報が発表されていることが示されていた。

(三) 神戸港長は、八月一四日正午、神戸港に停泊していた全船舶に対して避難勧告を発し、その旨は、神戸海上保安局を通じて被告山九を始めとする関係者に伝達された。

右避難勧告は「台風が神戸地方に接近する公算がきわめて大と判断される場合、あるいは神戸港が重大な影響をこうむる」と判断された場合に発せられるものであり、その場合、港内の安全確保のため、神戸港内の船舶は「速やかに避難する」ことが求められている(神戸港台風災害防止要領)。

神戸港長は、避難勧告に従わない船舶に対しては移動命令を発することができるのであるが(港則法一〇条)、右避難勧告及び移動命令は、いずれも、罰則や違反船舶曳航といった強制力によって実効性が確保されているわけではない。

(四) 神戸海上気象台は、八月一四日午後〇時三〇分には、兵庫県南部全域について、暴風波浪警報及び高潮注意報を発表し、午後六時三五分には、高潮注意報が高潮警報に切り替えられた。

8  本件事故当日の荷役の状況

(一) 被告山九は、海上運送人である東進商船とも協議の上、八月一三日午後五時三〇分までに、翌日の荷役を予定通り行うことを決定し、八月一四日午前八時三〇分以降、L上屋の外国貨物を本件船舶に船積みするための荷役を開始した。

(二) 被告大海運輸は、沿岸荷役の免許を有するものであり、被告山九の下請業者としてL上屋から貨物を搬出しこれを本件船舶への船内荷役を行う船積地点まで運搬するという沿岸荷役を行っていた。

本件①②貨物は、同日午前中、ニッケル社のトラックで本件岸壁に到着し、被告大海運輸は、沿岸荷役の履行として、これをトラックから降ろした上船積地点まで運搬したものであり、本件①②貨物は、避難勧告(右7(三))が発せられた八月一四日正午の時点では、船内荷役待ちの状態で船積地点に野積みされていた。

(三) 被告山九は、八月一四日正午ころ避難勧告が発せられたことを知ったにもかかわらず、速やかに荷役を中止しようとせず、避難勧告後も作業を続けていたが、午後三時ころには、本件船舶が避難勧告に従わない船舶であるとして、海上保安庁の巡視船から移動命令を受けたため、そのころ荷役を中止した。

(四) 被告山九は、被告大海運輸の作業員をも使用して、船内荷役待ちの状態で船積地点に野積みされていた貨物(本件①②貨物もその中に含まれる。)を、L上屋に仮置きした。

被告山九は、避難勧告から右荷役中止までの間も、右荷役中止後も、本件①②貨物の取扱いに関して、ニッケル社に対して特段の連絡や問い合わせを行っていない

(五) 本件①②貨物(合計六ケース)は、パレットなどで仮の台座を作って嵩上げするなどの措置をとらないまま、概ね別紙2のとおりの状況で、L上屋の西側の緩やかな勾配がある床面に置かれた。

また、八月一五日に船積予定の本件③貨物(合計二ケース)は、八月八日以降L上屋の東側の床面に置かれていた。

(六) なお、本件①②貨物の総重量は22.4トンであり、本件③貨物の総重量は8.0トンであった。

9  本件貨物の浸水の状況

(一) 八月一四日夜の神戸港の潮位は前提事実8のとおりであって、本件岸壁は、概ね午後九時ころから午後一〇時ころまでの間、岸壁上端近くまで潮位が迫り、これに波浪警報が発表されるような風浪・うねりが加わって大きく海水に覆われるようになり、その間、最大、岸壁上端から概ね1.4メートル程度の高さまで波に覆われるという状態で高潮被害に遭い、これにより、L上屋内には大量の海水が流入して滞留した。

本件台風による潮位の上昇は極めて大きく、昭和一四年七月から平成八年一二月までの約六〇年間の観測記録中でも三番目に高い潮位が記録されている。

また、神戸市で観測された最大瞬間風速は、八月一四日午後九時二五分のもので31.1メートル/秒(風向・南)であり、最大風速は同日午後九時三〇分のもので17.2メートル/秒(風向・南南西)であった。

(二) 本件貨物は、防水シートと木枠によって厳重に梱包されていたものであり、波しぶきなどの海水で多少洗われても貨物に影響が生じるようなものではなかったが、L上屋に滞留した海水に浸かる状態となったため、木枠及び防水シートを海水が通り抜けて本件貨物が損傷し、補修を要する状態となった。

(三) 本件貨物の木枠に付着した浸水痕の状況(痕跡の斜め・水平の別及び痕跡の貨物下端からの高さ)は次のとおりであって、L上屋内には最大で深さ一メートルを超える海水が滞留していたものである。

(1) 本件①貨物 うち一ケース

斜め六〇〜九〇センチメートル

うち一ケース

斜め九五〜一一〇センチメートル

うち一ケース

斜め七五〜一〇五センチメートル

うち一ケース

斜め五五〜七五センチメートル

(2) 本件②貨物 うち一ケース

水平六五センチメートル

うち一ケース

斜め七〇〜一一〇センチメートル

(3) 本件③貨物 二ケースとも

水平七〇センチメートル

(四) ニッケル社のL12上屋は、本件台風による高潮による浸水事故などは特に生じていない。

二  争点1についての判断

1  本件③貨物について被告山九の過失の有無について

(一) 右認定のとおり、L上屋は、海水が本件岸壁を大量に乗り越えた場合には海水流入を阻止できない施設であり、岸壁の間近で貨物を保管するのに適切な施設であるとは言い難い。

しかしながら、L上屋は、荷さばき施設として使用する分には支障がないとして神戸市が被告山九に使用を許可をし、指定保税地域ともされていた施設であることからすれば、被告山九が八月八日から八月一五日までの短期間の予定で本件③貨物をL上屋に置いたこと(前提事実3)自体をとらえて、これが民事上違法な行為である(すなわち、他の適切な場所に置くべき注意義務があったのにこれを怠った所為である)とすることはできない。

(二) 次に、そのL上屋が高潮被害によって貨物の浸水が起こりやすい状況になっており、被告山九が、その営業上、右のようなL上屋を指定して船積みの一週間程度以前から顧客の貨物を預かることにしていたのであるから、被告山九としては、抽象的には、L上屋が高潮被害に見舞われて預かり貨物が浸水する可能性が高いと判断できる状況になった場合には、貨物の浸水を防止するための適切な保全措置(貨物を他の倉庫に移動するか、貨物を1.5メートル程度嵩上げする措置)を講じる義務があるということはできる。

しかし、神戸海上気象台が暴風波浪警報及び高潮注意報を発表したのは八月一四日午後〇時三〇分であり、被告山九がL上屋内の預かり貨物について高潮被害が発生する可能性が高いと判断できる時期は右の時点であると考えられる。前記認定のとおり、台風の進路や高潮の程度を予測することは非常に困難であって、被告山九が得た気象情報も右認定の程度のものであったことからすれば、被告山九がそれ以前の一定の時点で独自の判断で高潮被害の発生を予測すべきであったとすることはできない。

(三) また、L上屋内の概ね一〇〇〇トン程度もの貨物の保全措置を講じるためには、大量のトラック又は大量のフォークリフトや機材を手配する必要があるが、被告山九が、八月一四日午後〇時三〇分の時点から同日夜までの非常な短時間で、そのような手配を行うことは不可能であるから、結局のところ、本件③貨物を含むL上屋内の預かり貨物の浸水事故を未然に防止することは不可能であり、本件③貨物に関する限り、本件事故による損傷は不可抗力によるものというべきである。

(四) 原告は、少なくとも、本件貨物のような高価な精密機器については、特別の配慮により、他の貨物に優先して保全措置を講じるべきであり、そうすることも不可能ではなかったと主張するが、被告山九が、概ね一〇〇〇トン程度もの貨物について、どれが優先して保全措置を講じる貨物であり、どれがそうではないのかを短時間で判別することが可能であったと認めるに足りる適切な証拠はなく、右判別が可能であったことを前提とする原告の主張は採用し難い。

2  本件③貨物についての被告大海運輸の過失の有無について

被告大海運輸は被告山九の下請業者であって、L上屋内の貨物について何らかの保管責任があったとは考えられないから、本件③貨物との関係で、一定の作為義務の存在やその義務の不履行(過失)を想定することはできない。

3  本件①②貨物についての被告山九の過失の有無について

(一) 右認定のとおり、神戸港長が八月一四日正午に避難勧告を発し、そのころ被告山九も避難勧告を知ったというのであるから、たとえ、東進商船側が避難勧告後も本件船舶への船積みを希望したとしても、被告山九としては、神戸港での港湾運送に携わる事業者として、神戸港長に対する関係で、避難勧告が守られるよう行動する義務を負うことは明らかであり、避難勧告に従って荷役を中止しなければならないことは明らかである(なお、避難勧告が罰則等の法的強制で遵守が担保されていないことは、避難勧告に従わない行動を正当化する根拠となりえないのは当然のことである。)。

したがって、本件①②貨物は、ゴーダウン方式によって船積みを依頼されたものの、港湾運送の途中で、不可抗力によって船積みが不可能となってしまった貨物となったということになる。

(二) 被告山九が、右のような事情で船積みが不可能となった貨物について、荷主(原告)との関係でどのような措置をとるべき注意義務があったかという点は、社会通念に従い公平の見地から検討すべきところ、まず、被告山九が、これを本件岸壁に放置しておくことが許されると解すべき根拠(法令又は慣習)は特に見当たらない。

次に、本件①②貨物については、東進商船が海上運送することを前提としてTRS方式によってL上屋に持ち込まれた貨物ではないのであって、本件①②貨物に関する海貨業者(被告トレーディア)としては、改めてこれを船積みする船舶を探す作業をしなければならないから(それが東進商船の船舶である保障は何もない。)、被告山九がこれをL上屋に仮置きすれば足りると解すべき根拠も乏しい。

したがって、本件①②貨物は、これを本件岸壁に持ち込んだニッケル社に返還されるべきであり、被告山九としては、避難勧告後速やかに、ニッケル社に対して引き取り方を連絡すべきであったということになる(本件①②貨物が22.4トンもの重量物であったことからすれば、この段階で被告山九自らがその運搬を行う義務があったとも考え難い。)。

(三) ところが、本件においては、被告山九は、避難勧告が発せられたにもかかわらず、敢えて荷役を止めず、ニッケル社にも連絡を入れないまま、避難勧告後三時間も荷役を継続し、その挙げ句に、午後三時に至り、急に荷役中止に追い込まれたのである。

被告山九は、ニッケル社に引き取り方を要請することなく、避難勧告を無視して不当に荷役を継続していたのであるから、荷役中止の危険を自ら負担して荷役を継続していたものといわなければならない。

したがって、被告山九は、八月一四日午後三時の時点では、船内荷役が未了となってしまった本件①②貨物をニッケル社に返還する義務を負担していたと解するのが社会通念に照らして公平である(L上屋に仮置きすべきであったと解すべき根拠は特に見いだすことができない。)。

そして、L上屋とL12上屋とはそれ程離れてもいないし、被告山九が本件①②貨物をニッケル社に返還する義務を履行することが困難であるとも考え難いところであり、右返還義務が履行されておれば、本件①②貨物が本件事故に遭って浸水することもなかったのである。

(四)  ところが、被告山九は、右返還義務に思いを致さないまま、漫然と本件①②貨物をL上屋に仮置きした過失により、本件①②貨物を浸水させたのであるから、民法七〇九条により、本件事故で本件①②貨物が損傷したため原告に生じた後記損害を賠償する責任を負う。

4  本件①②貨物についての被告大海運輸の過失の有無について

本件①②貨物の港湾運送(沿岸荷役及び船内荷役の双方)を引き受けたのは被告山九であり、被告大海運輸は、その港湾運送のうち沿岸荷役のみの下請業者に過ぎないから、被告大海運輸が被告山九とは別に、あるいは共同して、本件①②貨物をニッケル社に返還する等の作為義務を負っていたものと解することはできず、本件①②貨物の損傷について被告大海運輸に過失があると解することはできない。

三  争点2についての判断

1  被告トレーディアと港湾運送人との関係について

(一) 前提事実1ないし3に照らせば、被告トレーディアは、本件貨物の通関と船積み(港湾運送)を請け負ったのであり、その判断で船積みを行う船舶を決定し、その決定に従い、本件①②貨物の港湾運送をニッケル社に、本件③貨物の港湾運送を被告山九に行わせることにし、原告をして、本件貨物を港湾運送人が管理する上屋に搬入させたのである。

したがって、ニッケル社は本件①②貨物との関係で、被告山九は本件③貨物との関係で、被告トレーディアが「運送ノ為使用シタル者」(商法五七七条)に該当する。

(二) 被告トレーディアは、TRS方式による上屋での貨物の受渡しは、海上運送人に対する引渡しと同視できる旨主張しているが、前記認定事実のとおり、南星海運は、L12上屋の使用許可を得て港湾運送を行っているニッケル社から、東進商船は、L上屋の使用許可を得て港湾運送を行っている被告山九から、もっぱら船積みを受けることにしているというだけであり(右海上運送人自身あるいはその子会社が上屋を管理しているという関係ではない。)、本件貨物の港湾運送を海上運送人の費用負担で行われるわけでもないから、本件貨物の上屋への搬入が海上運送人への引渡しと同視できるということは到底できない。

2  本件③貨物に関する被告トレーディアの債務不履行責任について

右二のとおり、本件③貨物は被告山九の過失によらないで浸水によって損傷したのであるから、被告トレーディアは本件③貨物の損傷に関して債務不履行責任を負うとはいえない。

3  本件①②貨物に関する被告トレーディアの債務不履行責任について

(一) 被告トレーディアは、本件①②貨物の海上運送を南星海運に依頼し、そのため、南星海運が港湾運送をさせる業者として指定したニッケル社にその港湾運送を依頼したが、前記認定に照らせば、南星海運は、本件岸壁で被告山九の港湾運送によって本件①②貨物の船積みをし、これを韓国まで海上運送することにした(東進商船の船倉を借りて海上運送することにした)ものであり、ニッケル社は、南星海運の右意思決定により、本件①②貨物の港湾運送を被告山九に依頼したものであるということができる。

(二) この場合、被告山九が、本件①②貨物の港湾運送に関し、ニッケル社の下請業者となる(被告トレーディアの孫請業者となる)のか、被告トレーディアの下請業者となる(ニッケル社が契約関係から離脱する)のかは、証拠上明らかではない。

しかしながら、南星海運や東進商船が船倉を融通し合って海上運送を行っていることが予想外の希有な事態であることを窺わせる事情というものは見当たらないし、予定通りに韓国に海上運送できるにもかかわらず被告トレーディアがニッケル社以外の者には港湾運送を依頼する意思がなかったとも考え難いから、ニッケル社が、海上運送人の都合により、本件①②貨物の港湾運送を被告山九に依頼した場合には、被告山九は、本件①②貨物との関係で、被告トレーディアが「運送ノ為使用シタル者」(商法五七七条)に該当すると解することは妨げられない。

(三)  そうだとすれば、本件事故による本件①②貨物の損傷は、被告山九の過失に基づくものである以上、被告トレーディアは、本件事故で本件①②貨物が損傷したため荷送人である原告に生じた後記損害を賠償する責任を負う。

四  争点3についての判断

甲第一〇号証、第一八号証及び証人細谷貞男の証言によれば、(一) 原告は、本件事故によって損傷した本件①②貨物をL上屋から引き取り、これを開梱したうえ修理し、再度これを梱包し、当初の予定よりも遅れてこれを韓国に輸出したこと、(二) 原告は、右引取り、開梱、修理及び再梱包のために合計九一九万七七〇三円の支出を余儀なくされたことが認められ、本件事故による本件①②貨物の損傷によって原告に生じた損害は九一九万七七〇三円である。

五  附帯請求についての判断

原告の被告山九に対する不法行為に基づく損害賠償債権は不法行為の日(八月一四日)から遅滞に陥るが、原告の被告トレーディアに対する債務不履行に基づく損害賠償債権は、期限の定めのない債権として成立し、催告によって遅滞に陥るところ、本件における右催告としては本件訴状の送達(その送達日が平成九年八月一五日であることは記録上明らかである。)以外には見当たらない。

六  結論

以上の次第で、本件請求のうち、被告山九及び被告トレーディアに対する請求は主文一、二項の限度で理由があるからこれを認容することとし、同被告らに対するその余の請求及び被告大海運輸に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言につき二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・橋詰均、裁判官・永田眞理、裁判官・鳥飼晃嗣)

別紙〈省略〉

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